東京レスキュー隊-あなたにおくる東京情報|東京のレシピ |

ここでは、東京に関する様々な情報を発信しています。 鎖国をしていたので、文明自体が諸外国に勝っていたとは到底思えませんが、それだけ繁栄していたというのは間違いないでしょう。江戸時代も中期から後期となると、現在の東京都の西部にあたる多摩地方も開拓が進み、村落が成立。人々の生活圏が拡大していくことになります。徳川氏の時代は終わりを告げ、天下人から一転して薩摩や長州による新政府に追われる立場となり、戊辰戦争では負け戦ばかり。
江戸は新政府軍から総攻撃の対象となり、戦火に包まれるのではと危惧されますが、勝海舟と西郷隆盛の会談で知られるように直前で江戸総攻撃は中止。降伏を認めない旧幕府側の一党が江戸市内で戦闘を起こすことはあるものの、大局的には平和裏に江戸の明け渡しは終了したといえるでしょう。明治元年に新政府は江戸を東京と改称。翌年には明治天皇が京都から江戸城へと入り、実質的な日本の首都となります。
廃藩置県が始まると東京一帯は東京府となります。府の領域は多摩の一帯や利根川流域一帯を切り離す、あるいは編入するなどの作業を経て、数年後には確立。戦後もしばらくは戦争の傷跡が残ったままでしたが、1960年代末の東京オリンピックによって日本の復興が世界にアピールされ、それと前後して高度経済成長の時代が到来。世界トップクラスの経済大国となる日本のなかでも、とくに中心的な機能を有する大都市として成長していきます。