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東京をあなたのものにする

ある東京についての事例をいくつか紹介したいと思います。 太田道灌は関東管領の扇谷上杉氏に仕えた武将で、豊かな才能を発揮して上杉氏を盛りたてるも、讒言を受けた主家により暗殺されます。江戸城を最初に築いた人物として知られていますが、それは1457年と、徳川氏の江戸城ができる150年も前の話。太田道灌の江戸城がどのような構造だったかははっきりとわかっていませんが、少なくとも後世の城らしい天守閣のようなものはなく、あくまで防御用の堀や門を備えた大きな館のようなものだったと考えられます。江戸城はその後も使われ続けますが、日本の中心地どころか城として重視されることもなく廃れるばかり。

現在の東京都でいえば、山梨にあたる甲斐、武田氏の侵攻に備えて用意された八王子城が重用されます。戦国時代の終わりに、後北条氏は豊臣秀吉の大軍による侵攻を受けますが、このときも東京都での戦場は八王子城などが主。後北条氏が滅亡すると、代わって関八州を治めることになったのが徳川家康です。少なくとも、徳川氏が入るまでは大きな都市ではなく、江戸時代のような大都市へと変貌したのが徳川氏の功績であることは間違いないのです。

家康が駿府から移ってきてすでに10年以上の歳月が流れていますが、このころから天下人のお膝元にふさわしい街になるべく急ピッチで工事が進められ、江戸城の城郭や治水工事など、城から街に至るまで大きく生まれ変わることになります。戦国時代が終わり、さらには豊臣氏が大坂の陣で滅亡すると大規模な戦闘は起こらなくなり、庶民の生活は安定。江戸は平和な時代の実質的な首都として発展し、江戸時代のなかでも最も豪華絢爛な時期であった元禄年間には、都市の人口が100万人を超えていたという話もあります。はっきりとした統計があるわけではありませんが、この数字は当時最大の都といわれていたフランスのパリをもしのぐほど。

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